梁山泊考                         20組 古賀 和彦

 当時私の部屋は空間・時間を問わず出入りが自由で、水滸伝の面々ほど野心家や豪傑ではなりけれど、将来の可能性を信じ、かと言って大した努力もしない連中が常に数人屯していて、あたかも梁山泊の如きであった。そこで彼らのその後を、独断と偏見をものともせず記念誌に残そうと思う。
○近藤 勝(通称 コンドー)
 自称版画家。時々木版画の個展を開いては例の強引さで知人縁者に買って貰い、芸術の為と称しては、家族を置き去りにしたまま欧米に放浪する癖あり。最近は己を知ったか、大口を叩くより大口バスや虹鱒のフライフィッシングと言う粋な釣りに専念している。

○小宮 弘敬〈通称 コンチャン)
 写真の勉強をしていたので、てっきりカメラマンになるかと思っていたら薬九増倍の魅力に勝てなかった?ともあれ兼好法師も言っている様に、物くるる友、薬師云々、これからはお世話になります。

○高柳 増男(通称 マスオ)
 悟朗と双璧の音痴の彼が、驚いたことに音楽事務所を開いて、クラッシックのプロモーターとしては特異な存在とか。数年前何を間違えたか、ベルギー政府より叙勲された由。目はしの利くタイプなので金儲けに走れぬことはないと思うが、不思議に芸術の節度を守って苦労している模様。

○田辺 悟朗(旧姓 森 通称 ゴロヤン)
 某紙製品会社の一人娘と結婚。自分の代で潰さぬ様色々気苦労も多いらしく、「大陸蛍光灯」と称されたほど温厚な彼も近年はめっきり経営者らしく厳しい顔になりつつある。某料理屋にて婚約者を紹介するからという約束に、婚約者(現在の奥方)はじめ皆揃うなか、数時間遅れの登場。やはりサラリーマン稼業は無理であったか。

○徳重 雅啓(通称 トクサン)
 ある夏、何時ものように「トクサン遊ぼ」と呼びに行くと、窓に格子が造られていて出入りができない。我々の侵入阻止か、彼の逃亡を防ぐためか?未だ真相は判明していない。風の便りでは中洲に夜な夜な出没し、飲み代の付けがい1千万との豪快な噂があるようなないような。

○中島 紀昭(通称 ノンリ)
 数年前までは月の半分は飛行機の上という世界を股にかけた企業戦士だった。そのまた数年前、副社長としてペルーのダイナマイト工場に赴任し、たぐい稀なる色の黒さが功を奏して万事うまくいったとか。そのままいれば大統領候補の声もかかったかも知れないのに。

●最後に、かく言う私は設計事務所を営んでまじめに15年、野次馬と反骨と独立自尊精神を友として、売れない作家か、依頼人のない探偵の如きマイナーな世界を楽しんでいる。思えば、1千億個の星を持つ星団が1千億もある膨大なる宇宙の中で生命を宿す星は今の所この地球のみであり、同じ時、同じ場所で巡り会えることこそ奇蹟。可能な限り旧交を大事にしたいと思う。
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