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「っ、ひ!」
 息がとまるような感覚に、振りむくと視界がまっかに燃えた。
 廊下を歩く今泉の体を一瞬こわばらせた電流の正体は、後ろから密かに忍びより、首すじにひたりと寄せられた、つめたすぎる手だった。この校内で、これほど不躾に自分の意識を侵犯してくる人間を、今泉は一人しか知らない。見まちがいようもない赤の持ちぬし、鳴子こそが犯人だと理解するのが早いか、今泉は自分よりも下にあるその目をきつく睨みつけ非難の意を示した。染まった髪と、憎たらしい満足げな笑顔のいろが、どことなく霞む冬の廊下を鮮やかに彩る。ちり、のどもとを炎の穂先におびやかされるような感じがして、のどの渇きをおぼえた。
「かっかっか。ヒーやて。あほみたいな声だして」
「あほはおまえだ。くだらないことしてんじゃねーよ」
「めっちゃつめたいやろお。長距離走とかほんまサイアクやで」
 鳴子の肩には指定の体操服を入れる布袋がかけられていて、体育の授業から帰ってきたところらしいことが知れる。「ほれ、」と、もういちど首もとに伸びてきた手を払いのけようとすると、瞬間、てのひらごと両手で包みこまれ、退けなくなった。
「おい、」
 咄嗟に振りほどくことを試みるが、がっちり捕らえられたゆびさきからは鳴子の手の温度が容赦なく染みいり、なぜか麻痺したように、動けなくなる。じん、と神経の深いところに潜ってくるようなしびれが、今泉の先端に呪いをかける。こんなにつめたい、つめたいはずなのに、ちりり、這いのぼってまとわりつく熱の群れが、胸を縛って、息がくるしい、と今泉は思った。
「おまえぬくいな。もっとつめたいか思とった」
「……こころがつめたいからじゃないか」
 手のつめたいひとはこころがあたたかい――なんて、よく聞く妙な迷信を、己の手のぬくもりで暖をとる鳴子を見て、今泉はふと思いだす。
 己のひとみに氷の宿っていることを、今泉は知っていた。進んでそうしている部分ももちろん少なくはなかったが、この目の温度はいつも強すぎるほどに低く、ひとの肌を刺すらしかった。近寄りがたい、触れがたいと、ひとから差しのべられるべき腕は、すべて遠ざけられてきた。この身には、冷徹な氷のかたまりが棲んでいるのだと、手が温かいとしたらそのせいだろうと、今泉はずっと思ってきたのだ。
 それなのに、鳴子ばかりが、不躾に触れる。まっかな炎が、今泉を融かそうと。
「それはうそやわ」
 見すかすように細められたひとみは、冬の太陽の光を映したようなわずかに明るいいろをしていて、まぶしさに思わず、呼吸がとまる。つながれたままの手がじくんと震えて、ぬるみはじめた鳴子の皮膚の感覚を、体じゅうに送って頭をぼうっとさせる。生意気にゆがむくちびるを直視できなくて、逃げるように振りはらい、自分の教室に駆けこんだ。鼓動は、速い。目がくらむ。ゆびさきが、沸騰する。
 今、この心臓が焼けるように熱いこと、どうしておまえが知ってるんだよ。




緋あぶりのゆび