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「…はぁ…。」 可南子は頬杖をついて何度目かとも分からない、溜息を吐き出した。 今日は土曜日、半日で授業が終わって明日は休みと普段なら心躍るはずなのにとてもそんな気分にはなれない。 もう朝からずっとこんな気分だ。 「はぁ…。」 「…いつまでそんな暗い顔してるの。」 溜息をもう一つ、そんな可南子に半ば呆れたように乃梨子が話しかけてきた。 話しかけられた可南子は力無くゆっくりと乃梨子の方へと向いた。 「ああ…乃梨子さん。」 「ああ、じゃないって。少しぐらいシャキっとしなさい…ってこんな天気じゃ、なるになれないか。」 窓の外を見ればシトシトと降り続く、梅雨の嫌らしい雨。 梅雨なので雨がよく降るのは仕方が無いことなのだが、こうも毎日になるとさすがにウンザリしてきてしまう。 しかし、可南子の憂鬱の原因はもっと他にあった。 「別に、雨は関係ありませんよ…。」 可南子は視線を乃梨子からその憂鬱の原因である瞳子の席へと移した。 それに釣られて、乃梨子もその席の方へと目を向ける。すると、乃梨子はやれやれとでも言いたげに苦笑いを浮かべて肩を竦めた。 「仕方ないよ。家の都合だったんでしょ?」 「…分かってますけど…。」 視線の先にある席に、本来いるはずである瞳子の姿は無い。瞳子は今日、家の都合で学校を休んでいる。 それが可南子の憂鬱の主な原因であった。 「…せめて、昨日のうちに知らせてくれたなら…。」 可南子も瞳子も、最近は部活の試合や発表会やらで練習に追い込んでいて、デートもろくにする暇が無かった。 したがって、せいぜい一緒に下校するくらいしか逢瀬を過ごすことが出来なかった。 その試合や発表会も先日なんとか無事に終わることが出来、今日は午後から久々に半日デートをしてそのままお泊り、と考えていた。 だがそれは、今朝になって突然のキャンセルとなってしまったのだ。 今朝、可南子が学校に行く準備しているときにその電話は掛かってきた。 『もしもし、あの、細川さんのお宅でございますか? 私、松平というものですが…。』 「瞳子さん? どうしたんですか、こんな時間に。」 こんな朝早くの時間に瞳子から突然電話が掛かってきて、可南子は少なからずとも驚いた。 『その声、可南子さん? …あの、少し言いにくいんですけど…。』 「…なに?」 『あの…すいません、今日のデートなんですが…ちょっと行けそうにありません…。』 「えぇっ!?」 瞳子から言われたことに、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。だって、お互いとも今日のデートはずっと楽しみにしていたはずなのに。 「な…何かあったんですか? ひょっとして、体調を崩したとか…。」 『いえ、体調の方は問題無いんですが…家の事情で今ニューヨークに来てるんです…。』 「ニューヨーク!?」 さっきに続いて素っ頓狂な声をもう一つ。そんなの、全然聞いていなかった。 可南子の声を聞いて、ますます瞳子の声が申し訳無さそうになっていく。 『私も昨晩突然言われて、今まで電話する暇も無く…。』 「…そう…。」 瞳子の声からは本当に元気が無く、嘘を吐いていることは無さそうだ。 そんなふうに言われてしまっては、怒るわけにもいかない。代わりに、大きな溜息を心の中で吐いた。 『本当に、ごめんなさい! …私だって、ずっと楽しみにしてましたのに…。』 「…仕方ありませんよ、家の都合じゃ…。」 『…家の都合…ね…。』 そこまで話したとき、可南子の受話器の向こうから何か女性の声が聞こえてきた。 霞んで少し聞き取りにくいが、この声には聞き覚えがある。たしか、瞳子の母親の声だった気がする。 受話器から離してそれに瞳子が返事をしているのか、さっきまでの声とは違って霞んだ小さな瞳子の声が聞こえてきた。 それが十秒近く続いてから、受話器から聞こえてくる声が元に戻った。 『ごめんなさい、そろそろ準備しないといけませんので…。』 「分かりました。じゃあ、体には気をつけてくださいね。」 『はい…。突然失礼しました。ごきげんよう…。』 「ごきげんよう…。」 元気の無い声で挨拶を済ますと、可南子は電話機に受話器を置いた。時計を見れば、既に十分近く時間が経過している。 たったの十分ぐらいだったのに、何だかすっかり疲れてしまった。 おまけに、瞳子がいないと知って学校へ行く気もすっかり削がれてしまった。 出来るならこのままベッドで不貞寝したい気分だが、そういう訳にもいかない。 可南子はブルーになりながらも、自分の部屋に戻って学校の準備を再開させた。 「…はぁ…。」 朝のことを思い出して、ますますブルーになってきた。 その様子を、乃梨子は相変わらず呆れたような苦笑いを浮かべて眺めている。 「今の可南子さんには、瞳子分が足りないんだね。」 「…何ですかそれは。」 瞳子分、と言う意味不明な単語を聞かされて、可南子は視線を乃梨子にもう一度変えてそう返した。 それに反応するように、乃梨子は話を続ける。 「可南子さんから瞳子分が不足すると疲労、やる気と集中力、思考力低下の症状などが現れてくる。」 「…何かで聞いたことがあるような気がするんですが。」 「だって、今の可南子さんはそれがピッタリ当てはまってるし。」 「…違いますよ…。」 口では否定してみたものの、そう言われてみると確かに当て嵌まる部分も多い。いや、ほとんどと言って良いほど当て嵌まっている。 そのことが微妙に悔しくて、それでいて我ながら少し可笑しくてなんとも複雑な気分になった。 それからすぐにチャイムが鳴り響き、乃梨子は自分の席へと戻って行った。 授業開始の起立、礼をしてから、可南子は教科書も広げずに窓の外を向いた。確かに、やる気も集中力も低下している…。 窓の外は、相変わらずの雨。それがまるで、自分の心情を表しているように見える。 ふと瞳子の事を思い出して、ニューヨークの天気は晴れているのだろうか、と思った。 同時に、向こうも自分と同じ気分でいるのではないか、と。 ――――― 「…はあ…。」 窓の外の雨が降る夜景を見ながら、瞳子は溜息を吐いた。 時計を見れば午後七時を少し回ったところであり、前の壇上を見ればパーティ主催者であろう男性が何かスピーチをしている。 しかし、それは英語で何を言っているのか分からない。いや、英語自体は話せるので意味を理解することは出来る。 だがそれを脳内で日本語に変換する気はまったく起きず、意味不明な英語を適当に聞き流していた。 まったくもって、何故自分がこんな所へ来なければならないのか…そう考えると、理不尽極まりないものに考えてくる。 こんな時、自分がこういう階級の家庭に生まれてしまったことを恨めしく思ってしまう。 本来なら可南子と半日デートをしてそのままお泊りする予定だったのに、家の都合やらで無理矢理キャンセルになってしまった。 それも、ずっと前から楽しみにしていたのに。 そこまで考えて、スピーチが終わったのか辺りから拍手が響いてきて、瞳子もそれにならっておざなりに手を叩く。 拍手が鳴り止んで瞳子も手を休めると、今度はボーイが後ろからドリンクをトレイに載せて近づいてきた。 瞳子がそのボーイからノンアルコールのシャンパンを受け取ると、ボーイは他の参加者にもドリンクを配りに行った。 その受け取ったシャンパンを一口だけ飲むと、瞳子はもう一度窓の外へと目を向けた。 とても、他の参加者と談笑する気分にもなれない。 外は相変わらずの雨。それが今の心情を表しているように思えてしまう。 「瞳子ちゃん、元気ないわね。どうしたの?」 不意に後ろから話しかけられて、瞳子は声のした方へと体を向けた。そこには、華やかなドレスに身を包んだ祥子が立っていた。 その手には、瞳子と同じようにシャンパンが入ったグラスが握られている。 「祥子お姉さま…。…元気無いように見えますか?」 「ええ。何かあったのかしら?」 祥子からそう言われて、瞳子は寂しい表情を浮かべてから話し始めた。 「…今日、本当は可南子さんと外出する予定だったんですが…。…現実はこの通りですわ。」 苦笑いを浮かべて、瞳子は溜息を吐いて肩を竦めた。それを聞いて、祥子も寂しい表情になる。 「そう…。私と同じね。」 「…令さま、のことですね。」 「ええ。この予定が無かったら、令とどこかに行けたのにね…。最近は色々忙しかったから。」 「…同じですわね。」 「まったく、ね。」 二人はそこまで話すと、一緒に溜息を吐いて苦笑いを浮かべた。 「…寂しいもの同士で、乾杯。」 「乾杯。」 そのまま顔を見合わせたまま、お互いのグラスを軽く当てさせた。チン、と高い音がかすかに響く。 そのグラスの中で揺れるシャンパンを見て不意に可南子の表情が浮かび、電話での悲しそうな声を思い出した。 責めることも怒ることもせず「家の事なら仕方ない」と言ってくれたのだが、その声は明らかに沈んでいた。 瞳子はシャンパンを飲んで、日本にいる可南子のことを思い浮かべた。 可南子も、自分と同じように落ち込んでいるのではないかと。 ――――― やる気の無いまま学校は終わり、可南子は部屋でベッドに横になってボーっとしていた。 最初は本や雑誌を読んだりラジオを聞いていたりしていたのだが、どれもすぐに飽きて長続きしなかった。 横になりながら耳に入ってくるのは、MDプレーヤーから小さな音量で流れる音楽と相変わらず降り続く雨音のみ。 「…暇だなあ…。」 暇。とにかく、暇。そして、寂しい。梅雨時の薄ら寒い空気と、微かに聞こえる雨音が寂しさを誇張させている。 それと同時に、その雨音が気の抜けきっている自分のことを笑っているようにも感じられた。 時計を見れば時刻は既に三時過ぎ。 本来なら瞳子と映画を見終わって、今までデートできなかった分も兼ねて今頃部屋の中で一緒に過ごしていたはずなのに。 寂しさを紛らわそうと枕を抱きしめてみたものの、本物の瞳子の感触にはとても遠く及ばない。 本物なら柔らかくて温かくて心地良く、それで頬を染めた様子がとても可愛くて…。 その感触を思い出すと余計に寂しくなって、意味も無く溜息が口から零れた。 …駄目だ。このまま部屋の中でボーっとしていたら腐ってしまいそうだ。 可南子は立ち上がってプレーヤーの電源を切り、体を縦に伸ばして眠気を覚ました。 とは言え何かをする当ても無い。せめて雨が降っていなければ外へブラブラと散歩に出かけたりするのだがそうもいかない。 いくら暇でも可南子は雨の中を散歩するような物好きではない。 とりあえず何か面白いテレビでもやってないだろうかと、可南子はリビングへ向かうことにした。 ソファに座り、リモコンで適当にテレビの電源を入れる。 最初に出てきたのは下品なテロップがでかでかと貼りだされた下らないバラエティ番組で、すぐにチャンネルを変えた。 次に出てきたのはオバサン向けのワイドショー、却下。次のは昔からやっている時代劇。時代劇に興味は無いのでこれも却下。 いくつか番組を変えてみたが、どれも興味を引かないものばかり。正直、期待ハズレだ。 そうポチポチとチャンネルを変えていたら、再放送であろう、少し前にやっていたドラマが映った。 「あ、もう再放送してるんだ…。」 そのドラマは可南子がよく見ていたドラマで、記憶が確かならこの話はもうクール後半ぐらいの時期である。 他に当てが無いので、可南子はそのドラマを見ることにした。 再放送で見るのは初めてだが、これまでの話のあらすじは大体覚えていたのですんなりとドラマの中の話についていく事が出来た。 うん、やっぱりまだ面白い。可南子はそのドラマにすっかりと惹きこまれていた。 そう見ているうちに時間は過ぎて、もうそろそろエンディングが近いところ。 (確か、この辺りからクライマックスだったっけ…。) 可南子の記憶では、ここから最終回まで一気に急展開であった気がする。 その記憶通り、今テレビの中では一組のカップルが一悶着を起こし始めていた。 そのカップルは長い前振りを経て、今回ようやく正式な恋人同士になれたばかり。 だと言うのに主人公の仕事の都合上、すぐに離れ離れにならなければならなくなってしまったのだ。 当然、そのカップルは別れるか別れないかの喧嘩に発展しまった。 そうこうしているうちに主人公に女性からの平手打ちが飛び、女性はそのまま走り去っていく…というところで話は終わり。 エンディングテーマとスタッフロールが終わると、次回予告が流れてからそのドラマは終わった。 (…遠くの国へ、か…。) ソファにもたれて可南子は少し余韻に浸りながら、ふと思った。 今の話は、自分にも当て嵌まるものがあるのではないかと。 現に恋人である瞳子は今、家の都合上ニューヨークという遠い国へ飛んでいる。 そしてもしかしたら今のドラマの主人公のように、瞳子が“松平”という令嬢のために遠くの国へ旅立ってしまうのではないか…。 「…そんなまさか…ね。」 そこまで考えて、可南子はその考えをフッと鼻で笑った。 あれはドラマの話、現実とは違う。そんなありがちなドラマじみた事があるわけが無い…。 「可南子ー、暇ならお風呂洗ってくれない?」 「え。うん、いいよ。」 一人そうやって問答していると、不意にキッチンから母に声を掛けられた。 そこで可南子は考えるのを止めて、ソファから立ち上がり言われた通り風呂掃除をしようと風呂場に向かう。 だが、心の奥底で湧いたその不安が消えることは無かった。 「もう寝ようかな…。」 時計は十時少し過ぎ。寝るにはいつもより少し早いが、やることが無いし気だるいので仕方がない。 可南子が部屋の電気を消そうとした時、電話が鳴り響くのが聞こえてきたが、それは五回鳴って音が止まった。 恐らく母が取ったのだろう、可南子はそう思って電気を消してベッドの中へと潜った。 (何だか、グズグズな一日だったな…。) 横になって、ふと今日は一日中ただグダグダしていただけだったことを思い出した。 こんなふうに一日を潰してしまって勿体無いことをした気分だ。もっと有意義に過ごせなかったものかと少し後悔。 (これも、瞳子さんがキャンセルしてしまったから…。) クサクサした気分でそんなことを考えた。 未だにこんな事を考える自分に、自分はこんなにも未練がましい人間だったのか、と少し自嘲的な気分になった。 そこまで考えた時、不意にドアをノックする音が部屋に響いた。 可南子が体を起こし、枕元のライトを点けてドアの方を見ると、母が顔を覗かせているのが分かった。 「可南子、電話よ。」 「電話…? こんな時間に誰が?」 そこまで聞くと母の顔がニヤニヤとからかうような顔に変わる。 「瞳子ちゃんからよ。」 「瞳子さん! ?」 瞳子から、と言うのを聞いて可南子はガバッと身を起こし、足早で部屋を出て行った。その様子を母は表情を変えずに眺めている。 可南子ははやる気持ちを抑えて、受話器を取った。 「もしもし、瞳子さん?」 『可南子さんですか?』 「どうしたんですか、こんな時間に?」 『どうしたんですかって、その、こ…恋人に電話をしていけないんですか?』 恋人、という単語を口にするのが少し恥ずかしかったのか、そこの部分だけ少しどもって聞こえた。 受話器の向こうで瞳子が照れる様子を想像して、可南子は思わずクスッと少し笑ってしまった。 「いえ、だからこんな時間に来たものだから。少し驚いてしまって。」 『こんな時間…ああ、時差がありましたね。こっちはもう朝ですわ。』 「こっちはもう夜の十時過ぎですよ。」 『え…すいません、そんな時間に…。うっかりしてましたわ…。』 「そんな事ありませんよ。私も、瞳子さんと話がしたかったところですから。」 『…それは私も同じです。…それと、今日は本当にすいませんでした…。これからはもっと、しっかりしますから…。』 「いいんですよ。代わりに今度埋め合わせしてもらいますから。」 『ふふ、お手柔らかにお願いしますわ。』 「さぁ、どうでしょうね。」 『もう、可南子さんたら…。』 苦笑いとも言えるような口調で瞳子が受話器の向こうから返事を返す。 そうやって話すのが楽しくて、可南子も自然と笑顔へと変わっていった。 思えば、今日ちゃんと笑ったのはこれが初めてかも知れない。 それから二人は電話で他愛も無いことを話していった。 今日は学校でどんなことをしたのか、瞳子の用事であったパーティの内容とか、今度のデートの事とか…。 どれも大した事ではないのに、そうやって話しているだけで可南子のクサクサした気分は晴れていくようだ。 「ふあ…ぁ…。」 『可南子さん? ひょっとしてもう眠いですか?』 眠気に襲われて欠伸が口から漏れ、それが瞳子に伝わってしまった。 話し込んでいたら結構な時間が経ってしまい、気付けば十一時を過ぎていた。いつもならもうそろそろ寝る時間である。 「えっと…正直、少し…。」 『そうですか…。私の方も帰る準備をしなくてはなりませんから、そろそろ失礼をしましょうか…。』 「そう、ですね…。通話料金も、大分掛かりますからね。」 『ごもっともで。それでは…。』 「はい…。」 少し名残惜しいが、お互いそう交わして電話を切ろうとした。 が、その瞬間に寂しさと一つの不安がこみ上げてきて、可南子が唐突に少し大きめに声を上げた。 「ちょっと待って瞳子さん!」 『…な、どうしたんですか突然。 そんな声出して…。』 「……瞳子さんは。」 可南子は不安そうな声でそう言うと、一呼吸置いてからもう一度口を開く。 変わらない、不安そうな声で。 「…瞳子さんは、いきなりいなくなったりしませんよね?」 『…はい?』 「私を置いて、遠くへ行ったりしませんよね? 私を残して、姿を消したりしませんよね?」 夕方のあのドラマを見て湧き上がった不安が、可南子の口から一気に吐き出されていく。 それを突然聞かされた瞳子は驚いたようで、一瞬の沈黙が受話器から流れてきた。 『…あの、可南子さん。いいから少し落ち着いてください。何があったんですか、そんなことを聞いてくるなんて…。』 「…今日、ふと思ったんです。瞳子さんは私とは違う階級の家だから、それで今日みたいに、突然遠くへ行ってしまうんじゃ…とか…。」 『それはつまり、私が可南子さんを捨てて…と言いますか、家の都合でどうしても別れなければならなくなるのではないか…と言うことですか?』 「…はい、そうです…。」 『…なるほど、よく分かりました。そんな事を悩んでたんですか…。』 「そんな事って、私は真剣に…!」 可南子は不安をそんな事、と言われて思わず少し声を荒げてしまった。 それを聞いて、瞳子は「すいません」と謝った。 『…大丈夫ですよ。私は、何の前触れも無く可南子さんの前から消えたり、別れたりしませんから。』 「…本当ですか?」 『ええ、当然ですよ。それに…。』 「それに?」 瞳子がそう言葉を切り、可南子が問いかけると一呼吸置いてから受話器から瞳子の声が聞こえてきた。 『いざとなったら松平を飛び出して、可南子さんと逃避行するぐらいの覚悟は出来てますから。』 「――っ! 瞳子さん…!」 恐らく周りに聞こえないように言ったのであろう、控えめの音量で聞こえたそれは可南子の心に深く残った。 あまりの嬉しさに、声が詰まった。目頭が熱くなって、涙が溢れそうになる。 『…えっと…と、とにかくそういう訳ですから、あまり変な心配はしなくてよろしいですわ!』 言ってから恥ずかしさが出てきたのか、少しツンとした口調で瞳子はぶっきらぼうに言い切った。 「…はい! 私も、瞳子さんのこと信じてますから…!」 『…わ、分かってくれたなら良いですけど…。それでは、ごきげんよう。月曜日には学校に行けると思いますから。』 「はい、それではごきげんよう。」 挨拶を交わして、可南子は受話器を置いた。そして、さっきの言葉を心中で繰り返す。 (可南子さんと逃避行するぐらいの覚悟は出来てます…か。) 小さめの声だったが、その台詞はどんな話題よりもしっかりと聞こえて、そして、一番力強かった。 まさかそこまで考えてくれていたなんて思いもしなかったし、今まで自分もそこまで考えたことは無かった。 (…私だって、いざとなったら…。) 母も瞳子の事は気に入ってくれている。しかし、いざとなって二人の仲を認めないとなったら…。 その時は瞳子と同じ考えだ。今まで考えなかったものの、瞳子にそう言われて可南子も心を決めた。 可南子は一呼吸置いて自分の部屋へと戻ろうとしたが、その前に母に後ろから話しかけられた。 「何話してたの? 随分と嬉しそうじゃない。」 「んー…内緒。」 笑顔でそれだけ返すと、可南子は軽い足取りで自分の部屋へと戻っていく。 部屋に戻ってベッドに潜ると、もう一度さっきの台詞が甦ってきて堪らなく幸せな気分になる。 (最後の最後で、最高の気分…。) 今日一日、クサクサした気分で最悪に過ごしてしまったけど、瞳子と話が出来て最高に良い日に感じられた。 明日も瞳子に会う事は出来ないけど、これなら明日は良い気分で過ごせそうだ。 そして、月曜日には瞳子は帰ってくるから、その日の放課後に家に誘って久しぶりに思い切り甘えてみようか…。 そんな事を考えながら、可南子は目を閉じた。 夢の中でも、瞳子と会える事を期待しながら。 あと書き まともな可南子×瞳子のロングSS、考えてみればこれが初めて。 とりあえず、私の中の可南子と瞳子はこんな状態です。原作とは違ってても、私の中ではこれで正常なんですよ(死) ちなみに最初は令×祥子で考えてました。その名残で令祥子部分もあります。 同級生カプ大好き。 SSモデル曲:ワールド☆サタデーグラフティ(ポルノグラフィティ) |