赤黄色の金木犀 後編
中編から読む

 それから一ヵ月後の、瞳子の誕生日…。
「瞳子、はい。誕生日のプレゼント。」
 放課後、薔薇の館に行く途中まで瞳子と可南子と一緒にいた乃梨子は、瞳子に手袋の入ったラッピングのされた袋を差し出した。
 瞳子はそれを笑顔で受け取る。
「ありがとうございます、乃梨子さん。」
「本当は瞳子の家で渡したかったんだけどさ、私は薔薇の館で会議しなきゃいけないから今のうちに渡しておくよ。」
 それに二人の邪魔しちゃ悪いし、と悪戯っぽく乃梨子が言い加えると瞳子と可南子の顔が一瞬にして真っ赤に染まる。
「な、何言ってるんですか乃梨子さん!」
「乃梨子さん、冷やかさないでくださいよ…。」
「いいじゃん、本当の事なんだから。」
「もう…。」
 未だに頬を赤く染めたまま、二人は乃梨子からそっぽを向く。その様子がおかしくて、思わず乃梨子から笑みが漏れた。
「そうだ、瞳子さん。私からも…。」
 そう言うと、可南子はカバンから綺麗にラッピングされた包みを取り出し、それを瞳子に差し出した。
 それを受け取ると、瞳子は更に嬉しそうにその包みを受け取った。
「あ、ありがとうございます可南子さん!」
「どういたしまして。でも…最初は瞳子さんの家で渡したかったんですが…家の用事があって…。」
「そうですか…。じゃあ、それはまた日を改めて、と言う事にしましょう。
「はい。今度の日曜日にでも…。」
 二人は自分達の世界に入り始めて、乃梨子はそのままその場を後にした。二人の間を邪魔する気はもう無い。
 この一ヶ月間で、乃梨子の瞳子に対する感情は大分落ち着いたものとなってきた。以前なら負の感情が沸きあがってきたけれど。
 それは諦めではなく、心の整理が出来てゆとりが出て来たから。瞳子が幸せになるなら、それはそれで構わない。
 でも、最後に自分の心だけは伝えておきたい。
「…金木犀も、もう終わりかな…。」
 あれほど香っていた金木犀の香りも、既に大分薄くなってきている。
 もうすぐ、寒い冬が来る…そんな事を思いつつ、乃梨子は薔薇の館へ向かっていった。



 瞳子は可南子に貰った真っ赤なマフラーを首に巻いて姿見の前に立っていた。
 その顔は幸せ満点、というのがはっきり見て取れるくらいの笑顔だ。
「可南子さんが編んでくれたマフラー…!」
 一度くるっと回ったり、ちょっとポーズをとったりして姿見に映った自分の姿を見る。
 丁寧に編みこまれたマフラーには大きなほつれも見られず、それに真っ赤な色が瞳子のイメージにピッタリと合っていた。
 可南子が編んでくれたからかも知れないが、そんな自分の姿…というよりもマフラーに惚れ惚れとしてしまう。
「早く冬にならないかな…。」
 寒い冬の朝に、このマフラーをして可南子と一緒に登校する姿を想像すると胸が高鳴った。
 出来ることなら明日からでも着けていきたいが、まだマフラーをするには時期が早い。
 普段あまり好きでない冬が待ち遠しい…そんな意識が瞳子の中に芽生えてきた。
「そうだ。乃梨子さんのは…。」
 瞳子は乃梨子からのプレゼントを思い出して、マフラーを外しもせずに乃梨子から貰ったプレゼントの箱を開けた。
 そこに入っていたのは、真っ白な手袋。
「乃梨子さんからは手袋…しかも手編み…。」
 瞳子は嬉しそうな顔で、その手袋を早速手にはめてみた。
 可南子のものと比べると若干ほつれが多いが、それでも素人にしては上手な方だろう。
 それに、はめてみるととても暖かった。
「ふふふ…。…あら、手紙…?」
 少しの間自分の両手にはめた手袋を見つめていたが、手袋が入っていた箱を見ると一枚の封筒があるのに気がついた。
 それを手にとって裏返してみると、そこには一言「瞳子へ」と手書きで書かれていた。
「…バースデーカード?」
 封筒の封をペーパーナイフで丁寧に開け、中から手紙を取り出して読み始めた。
「えーと…『瞳子へ、誕生日おめでとう…』…」




 次の日の放課後、乃梨子は瞳子に校舎裏まで呼び出された。
 大方この展開は予想していたため、乃梨子はその時もいたって冷静だった。どんな結末だろうと、自分は受け入れられるはずだから。
 校舎裏で二人きりになったのを確認すると、瞳子は少し辛そうな表情で口を開く。
「えと…乃梨子さん、昨日は素敵なプレゼントをありがとうございました…。」
「喜んでくれた?」
「ええ…とても…。……。」
 それだけ話すと、瞳子は乃梨子から目を背けると少し押し黙った。それを、乃梨子は急かさない。
 数秒だけ沈黙すると、瞳子は再び話し始めた。
「その…それと、あの…手紙…。」
「…良かった、ちゃんと読んでくれたんだ。」
 プレゼントと一緒に添えた手紙、それは言うまでもなくラブレターだ。今までの気持ちを丁寧に纏めた、生まれて始めての手紙。
「…はい…。…えっと…それで…その…。」
「…想いは…伝わった?」
 その問に瞳子は、頬を赤く染めてゆっくりと首を縦に振った。
「…でも…私は…。」
「…分かってる。…可南子がいる…そうだよね。」
 瞳子は乃梨子からそう言われ、俯いて押し黙った。それが、乃梨子にとっての一番分かりやすい答え。
 乃梨子は一つ息を吐くと、少し微笑んで瞳子から目を逸らして空の方を見た。
 以前よりも更に短くなった夕日に染まった空と雲が、少し心に染みる。
「乃梨子…さん…。」
「…いいんだよ、瞳子が幸せになるならさ。それに、私が二人が幸せになるようにしたんだからね。」
 乃梨子は空に向けていた目をもう一度瞳子に戻す。瞳子の表情は申し訳無い様な、少し悲しそうな、そんな感じだった。
「…ごめん、こんな惑わせるような事しちゃって。最後のわがままだと思って許してよ。」
 それだけ話すと、乃梨子は瞳子に背を向けてその場から立ち去ろうとした。
 だが、2,3歩歩いたところで足を止めて、そのまま後ろを振り向かずに瞳子へと話しかける。
「あと、もう一つだけお願いがあるんだけどいいかな?」
「え…なんでしょう?」
「…恋人は無理でも、せめて一番の親友でいさせて欲しいんだけど…良いかな?」
「…そう言われなくても、乃梨子さんは一番の…自慢の、親友です。」
 しっかりとした声での瞳子の答えを聞いて、乃梨子は満足そうな表情を浮かべた。
 恋人は無理でも、一番の親友だと言い切ってくれた瞳子、それだけでも嬉しかった。
「…そう言ってくれてありがとう。それじゃ、可南子と幸せになってよね。二人のために私も色々苦労したんだからさ。」
「…はい、分かりました…。必ず…。」
 乃梨子は振り返らずにそのまま「またね」と手を振ってその場を後にした。
 その後姿を、瞳子は声も掛けずに申し訳無さそうに見送るしか出来なかった。

(…やっぱ駄目だったなぁ…。まぁ、分かってたけどね…。)
 乃梨子は並木道を一人歩きながら、さっきの事を思い返していた。
 今まで散々悩んできた想いに決着をつける事が出来て、ようやくすっきりする事が出来た。
 結果は駄目だったけども、確かに由乃の言っていた通り伝えてよかったと思える。
 伝えたかった事は伝わって、駄目だったけれどもその返事をちゃんともらえて、それだけでもう満足だ。
 思い残す事はもう無い。…そのはずなのに。
(…なんでだろ…こうなる事は分かってたのに…。)
 もう既に気持ちに整理をつけたつもりだった、そしてどんな結果も受け入れられるはずだった…。
 そう思っていたのに、乃梨子の心を確実にどうしようもない悲しさが支配していく。
 結局、まだ瞳子の事を諦め切れていなかったと言う事なのだろうか。
 乃梨子は少しずつ足を早めていき、最後には駆け足で並木道を駆け抜けていった。
 涙で滲む視界を頼りに、一人になれる場所を探していく。誰にも見られない、そんな場所を。

 そのまま走り続け、気が付けば無人の温室に辿り着いていた。辺りを見渡してみても誰もいそうにない。
 乃梨子はそのまま温室の中に入り、乱れた息を整えようと息を大きく吸い込む。
 その瞬間、あの懐かしい、甘い香りが鼻の中に広がっていった。
 見渡してみると、赤黄色の花をつけた金木犀が温室のガラス越しに見える。
「金木犀…。」
 どうやら遅咲きのようで、普通ならもうすぐ散りゆく季節なのだがこの金木犀は未だに満開で、香りも強い。
 刹那、金木犀の香りによってあの時と同じ痛みが胸に突き刺さった。それも、今度はもっと辛い。
「…とう…こぉ…!」
 ポタ、と涙が一粒零れ落ちた。それから堰を切ったように、涙がポタポタと止め処無く零れ落ちていく。
 そうしている間にも、今までの瞳子への想いが次々と浮かんで、そして消えていった。
「分かってたけど…やっぱ……辛い…なぁ…。」
 頭ではこうなる事は分かっていた。分かっていたが、やはり、心までは誤魔化せなかった。
 心はまだ、瞳子への未練が多くあったのだ…もう、これ以上堪えきれない。
 乃梨子はそのまま崩れ落ちて、近くにあった植木鉢が置いてある机に縋りついた。
「と…瞳子…!! う…あっ…うあぁぁぁぁっ…!!」
 張り裂けそうな胸の痛みと想い、そして悲しさ全てを吐き出すようにして机に大声で縋り泣く。
 涙が滝のように流れ、それが地面を濡らしていった。乃梨子以外誰もいない温室に慟哭が響き渡る。
 こんなに思いっきり泣いたのは子どもの時以来だ。もしかしたら、初めてかもしれない…。
 そのまま泣き疲れるまで、乃梨子は温室の中で思いっきり泣き続けた。瞳子への想いも全てを吐き出すように…。


「…あれ…。」
 目が覚めたときには、既に夕日は完全に沈んで辺りは大分暗くなっていた。
 空の方を見れば、既に紺色に染まりつつある…泣き疲れて眠ってしまったらしい。
「…寝ちゃったのか…。」
「乃梨子ちゃん、早く起きなきゃ温室とは言え風邪引くよ。」
 不意にそう言われ、乃梨子は驚いてその声がした方を見た。
 隣を見ると、薄暗い中で由乃の顔が薄っすらと見て取れた。
「…由乃さま…。」
「…お疲れ、乃梨子ちゃん。」
 そう言って、乃梨子の涙で濡れた頬をハンカチでそっと拭った。
 それに少しくすぐったそうにするものの、大きな抵抗はしない。
「どうして…ここに…?」
「…温室の方に走ってくのが見えた時に、大方の予想は出来てたよ。気付いてたのは私だけだったけどね。」
「…そうですか…。」
 ひょっとしたら大泣きしていたところを見られたかもしれない。でも、由乃になら見られても構わなかった。
 自分にアドバイスしてくれて、そして彼女も同じ辛さを体験しているから。
「帰ろう…。そろそろ肌寒くなってきたしね。」
「…はい…。」
 由乃は先に立ち上がり、乃梨子の手を取って立たせた。二人は制服に付いた砂を払うと、そのまま温室を後にした。
 温室の外は、もっと肌寒かった。

「…私、当たって砕けましたよ。」
「そう…。後悔、してない?」
「してません。由乃さまの言う通り、正直に告白してスッキリしました。…それに、大泣きもしましたし。」
 乃梨子は帰る道すがらに、今日、瞳子に告白した事と、そしてその結果みたいなことを話していった。
 その結果を由乃は普段とは違う、真剣な様子でしっかりと聞いている。
「…でも…正直まだ少し辛いですね…。」
「…そうだよね…。」
「ええ…。」
 乃梨子は空を仰ぎ、それに釣られて由乃も夜空を見上げた。さっきよりも一層暗くなった空に、星が幾つも瞬いている。
 由乃は視線を元に戻すと、乃梨子の背中をポンと叩いてそのまま前に出た。突然何事かと乃梨子は由乃を見つめる。
「よし、今日は私ん家で騒ごう!」
「は…はぁ?」
 さっきまでのしんみりした雰囲気をぶち壊すかのような明るい口調で突然そう言われ、乃梨子は目が点になった。
「こういうセンチな時には、騒ぐのが一番。明日は休みだから、時間もたっぷりあるしね。」
「え…で、でも、突然そんな事言われても…。」
「乃梨子ちゃん、一人でいたらまた沈んちゃうでしょ。だったら二人で騒いだ方が得だって。家の方は大丈夫だから。」
 突然ハイテンションになった由乃に少し呆れながらも、確かにその通りだなと思って思わず苦笑いが漏れた。
 それを由乃は見逃さずに勝手に話を進めていく。
「話は決まり! 今夜は徹夜で騒いで、悲しさも辛さも全部発散しよう!」
「そ、そんなに騒いだら迷惑じゃ……。」
「こういう時は良いんだって、たまには羽目を外さなくっちゃ。」
「…分かりました!」
 一瞬考えたものの、乃梨子は由乃の話に乗る事にした。一人でいるのは正直辛いし、この人なら全てを話せられるだろうから…。


 金木犀の香りが少し辛い想い出に変わった、そんな秋の恋。…でも、後悔は無い。
 これからも瞳子と可南子は大事な親友だから。
 …だから、絶対幸せになってよね…瞳子…。幸せにしてやってよね、可南子…。

後書き

シリアスな可南子×瞳子←乃梨子を書こうと思ったら、こんな大長編に…。
とりあえず、最後まで読んでくださってありがとうございます。
ちなみに、この乃梨子は他の可南子瞳子と違って二人が告白するのを手伝った、と言う設定になってます。
そのSSのネタや構成も頭の中では出来ているので、二人が告白するSSもいずれ書きたいと思います。

気付けば最後が由乃×乃梨子風味に…。

SSモデル曲:赤黄色の金木犀(フジファブリック)
2style.net