ビギナーケータイライダー
「あれ、瞳子も携帯買ったんだ。」
 乃梨子が瞳子の部屋を訪れたある日、机の上で充電されている携帯電話が目に入った。
 ちなみに、今日は可南子はここにはいない。
 最初は来る予定だったのだが、急用が入って来れなくなってしまったのだ。
「え、ええ。私が買ったというより、持たされた、と言った感じですわ。」
「持たされた?」
「はい。最近物騒だからって、それからお母さまから持たされたんです。」
「へえ。どう、使いこなせてる?」
「いいえ。2,3日前に買って貰ったんですけど、いまだ勉強中ですわ。」
 確かに瞳子の言う通り、その隣には携帯の説明書が置かれている。
 ただストラップは初めから付いてる黒い味気無い物ではなく、何故かバスケットボールのマスコットが付いた可愛らしい物だ。
「どれだけ使い方覚えたの?」
「どれだけって…まだ電話機能と、メールが何とかできるようになった程度ですわ。他はまだまだで…。」
 そこまで話すと瞳子は立ち上がり、壁についている内線電話の受話器を持って話し始めた。
「もしもし、お茶が切れたからお代わりを持ってきて欲しいのですけど。…ええ、そう。お茶請けは…。」
 位置的に乃梨子に背を向けたまま話し続ける瞳子。それに気付かれぬよう、そっと乃梨子は立ち上がった。
(ちょっと見ちゃおーっと…。可南子とはどんなメールしてるのかなー…。)
 さっき瞳子は「メールが何とかできるようになった」と言っていた。と言う事は、少しはメールをしているという事だ。
 それを聞いて真っ先に思いついた瞳子のメール相手、それは瞳子の恋人である可南子だった。
 学校では基本可南子相手でもツンデレ(でも傍から見たらデレデレ)を通している瞳子だが、メールだと人目を気にする必要も無い。
 となると、普段では絶対言わないような事もメールでは書いているかもしれない。
 メールでは人が変わる、と言う人もいると言うし。
 そう思うと、どんな事を書いているのかが知りたくなってきた。例えば、猛烈に甘ったるい内容だったりするとか。
(『今夜もあなたの事だけを想って眠ります』とか言ってたり、もしかしたら赤ちゃん言葉使ってたりして…。)
 あらゆる想像(もとい妄想)が浮かんできて、それだけで思わず笑いそうだ。だがそれを必死に押し殺して充電器から携帯を取る。
 そしてそれを開き、メール機能を出そうとした。
(…あれ、暗証番号をいれて下さい…って、ロックしてあるじゃない!)
 しかしそれはちゃっかりとセーフティモードでロックしてあり、パスワードを入れないと使えないようになっていた。
(メールと電話しか使えないと言っていたのに、嘘吐き!)
 別に嘘は言っていないのに、少しムッと来て心の中でそう悪態をつき、パスワードは何かとデタラメに色々入力し始めた。
(えーと、0105で“とうこ”…ダメだ。可南子を変えると…ダメ、変えられない。瞳子の誕生日は…ってそういや知らないよ!)
「…乃梨子さん、何してるんですか?」
 半ばムキになって入力していると突然後ろにいる瞳子から名前を呼ばれ、一瞬ビクリと震えた後にゆっくりと振り返った。
 そこには完全に呆れている瞳子が立っていて、乃梨子はバツが悪そうに苦笑いを浮かべて携帯をそっと机に戻す。
「いや、アドレスを私のにも入れようかなーって、思ってさ…。」
 とりあえずそれっぽい嘘を言うと、瞳子はまたも呆れたように額に人差し指を付けて溜息を吐いた。
「…だったら、初めからそう言えばいいじゃないですか。そんな事しないで…。」
 呆れてはいるものの真意はばれなかったようで、今度は瞳子が携帯を手に取った。
 それから乃梨子に見られないようたどたどしい手つきでパスワードを入力して、それを解除する。
「乃梨子さんが来る前にパスワードの勉強してそのままだったんですけど、それで正解でしたわね。」
 少し皮肉ったように笑いつつもアドレスを出し、それを乃梨子に手渡した。
 乃梨子はそれに言い訳も出来ずに笑って誤魔化し、バッグから携帯を出してそれに手慣れた様子でアドレスを入力していく。
「よし、入力完了。瞳子の携帯にも入れとこうか?」
「あ、はい。それは助かります。」
 入力を終え、今度は乃梨子が自分のアドレスを出して、それを瞳子の携帯に入力しようとする。
「…関係無いところ見ないでくださいね。」
「…分かってるよ。」
 しかし、その前に瞳子が釘を刺し、乃梨子は心の中で軽く舌打ちして言われた通り大人しくアドレスだけを入力して瞳子に手渡した。
 まあ別に無理して見ようと思っていた訳ではないので、これ以上の深追いはしないことにした。
 あんまりしつこいと本当に怒られてしまうだろうし。
(…でも、本当普段どういうメールしてるんだろ。)
 それでも、やっぱり少しばかりは気になってしまうのは仕方が無かった。
 そう思っていると、ドアからのノック音の後にお茶の入ったポットとクッキーをトレイに乗せたお手伝いさんが現れた。
 瞳子がそれを受け取り、乃梨子が空になったポットと皿を乗せたトレイを返し礼を言うと頭を下げて戻って行った。
 ポットからのハーブティーの香りが心地良い。
 結局これから乃梨子はメールの事には触れず、他愛の無い雑談をして過ごし、外が暗くなった頃に松平家を後にした。


「あ、来た!」
 夜七時過ぎ、携帯からメールの着信音が鳴り響き、それの液晶画面に映し出されたのは「可南子さん」の文字。
 瞳子は嬉々とした様子で携帯をたどたどしく操作して、その送られてきたメールを開く。

――今日はいけなくて本当にゴメンなさい!
 今日も携帯の事教えてあげようと思ってたのに…って、今さら何言っても言い訳に過ぎませんね。
 メールも出来たらよかったのに忙しくて送れなくて…この埋め合わせは、今度必ずします。――

「ふふっ、相変わらず根が真面目なんだから。」
 文面から申し訳無さそうにメールを打つ可南子の姿が浮かんで、瞳子は少し微笑んだ。
 可南子は顔文字や絵文字はあまり使わないが、それでも可南子の気持ちがしっかりと現れているように感じられる。
 瞳子は一人少し浮かれながら、返信機能を出そうとした。
 が、押すボタンを間違ってその画面を消してしまい、一番最初の待ち受け画面に戻してしまった。
「あっ、しまった…。こうだったかな…。」
 以前可南子にやり方を教えてもらったが、念のために説明書を見ながらメール機能を出しアドレスを入れて文面を打つ。

――可南子さん、そんなに気にしなくても私は可南子さんのことはちっとも怒ってません§^_^§
 それぐらいで怒るような私だったら嫌でしょう?だから、そんなに気にしなくても大丈夫です(^o^)/
 でも、そんなに私のことを想ってくださってたんですね、嬉しいですわ!(*^_^*)
 そんな可南子さんのことが私も大好きです(#^.^#)って、瞳子恥ずかしい///

 PS.今日は先日教えてもらった顔文字を使ってみました。どうでしょう?――
 おぼつかない様子で数分掛かって打ち込んだメールは、普段の瞳子しか知らない人が見たら目を疑うような内容(特に本文下2行)だ。
 顔文字は以前教えてもらったにしても少し多過ぎで、瞳子のキャラにあっていない。これを瞳子が打ったものなどと、誰が信じようか。
「うん、これで送信!」
 その第三者から見たらどこぞのギャルが打ったものかと思うメールを、瞳子は満足げに送信した。
 数秒後に画面に「送信完了」の文字が出たのを確認すると、携帯を閉じて机に置き返信が来るのを待ち始める。
 返ってくるのが楽しみで他の事に手が付かないようで、そわそわして携帯の前でじっとしていた。
「まだかな…」
 そして数分後に着信音が鳴り響き、それを瞬間的な速さで手にとって携帯を開いた。
「…乃梨子さん?」
 しかし、画面に映ったのは乃梨子の名前。瞳子は「試しに送ってきたのでしょうか」と思いながらそのメールを開く。

――甘甘なメールごちそうさまでした。やっぱ相変わらずラブラブだね二人とも!
 それにしても、思ったとおりと言うか何と言うか、メールだと瞳子のキャラ思いっきり変わってるね(笑)
 顔文字そんなに使っちゃって、甘い台詞言っちゃって。
 ホントは瞳子の家でメール見ようとしてたんだけど、まさかこんな形で見れるなんて。まさに予想外(大笑)
 あと、メール送るときはもう一度送り先確認するといいよ。それじゃ!

 追記:このメールのことはみんなに黙っとくから、代わりに今度何か奢ってね。――

「…へ?」
 一瞬何の事だか分からず呆気に取られたが、文面を何度も読んでいくうちに事が少しずつ理解出来てきた。
 そして弾かれたようにさっき送ったメールを確かめてみる。
「…嘘。」
 さっき送ったメールを確かめて見て、乃梨子からのメールの事が全て理解できた。
 その恥ずかしいメールの送り先は可南子ではなく、乃梨子のアドレスになっている。
 多分アドレスを入れたあの時、間違えて入れてしまったのだろう。
 それと同時にとてつもない恥ずかしさが込み上げてきて、顔が一気に真っ赤になった。
「あーバカバカ瞳子のバカ! 何で乃梨子さんにー!!」
 頭を掻き毟り縦ロールを激しくブンブンと揺らして絶叫する。
 でも今更それを取り消す事は不可能で、瞳子は絶望的な恥ずかしさと後悔で机に突っ伏した。
 ただ誰にも言わないと書いてあったから、それだけが不幸中の幸いか。
「…とりあえず、可南子さんに返さないと…。」
 うな垂れつつも、さっき送ったメールの送り先を可南子にして、それを再度送った。
 弱みを握られてしまい、今度学校で乃梨子に会うのが怖い…。

 とんだほろ苦い思い出になってしまいそうだ。
 後悔しつつ、瞳子は一つ、携帯についての知識を知る事となった。
 送り先はしっかりと確認する事、と言う事を。
 あとがき:

 ポルノのタネウマライダー二番サビを聴いていたら、突発で思いついたSS。
 これって相当焦りますよねーやっぱ…。こんなメールは送った事は無いですが。
 関係無いけど個人的に瞳子は全キャラ中一番メカオンチだと思います。
 それにしても酷いタイトルだ(じゃあ変えろよ)

SSモデル曲:タネウマライダー(ポルノグラフィティ)
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