甘味料
 2月14日、バレンタイン。
 この日の放課後、瞳子は可南子にバレンタインのチョコを渡すために可南子の部屋にお邪魔していた。
「可南子さん、あの…約束のチョコです…。」
「ありがとう、ずっと楽しみにしてましたよ。」
 やや緊張している瞳子からビデオテープ位の大きさの包みを差し出され、可南子はそれを笑顔で受け取った。
 最初はお互いに贈り合おうと可南子は考えていたのだが、瞳子から
『ホワイトデーの楽しみがなくなってしまいますから』
 と言われたので可南子が送るのはホワイトデーに、ということになったのだ。

「一応、本を参考にして作りましたけど…。」
「本を…って、シェフの方には聞かなかったんですか?」
 本を、という言い方が少し気になって瞳子に尋ねると、少し恥ずかしそうに俯いた。
「ええ…聞きませんでした。」
「…何でですか?」
「それは…その…。」
 そこまで言うと紅かった顔がさらに紅くなり、少し上目遣いで可南子を見た。
「…自分の力だけで…可南子さんが喜ぶチョコが作りたかったから…。」
「……っ…!」
 上目遣いでそういう瞳子に、可南子は思わず理性が弾けそうになった。
 だが、それを必死で堪えていつもの優しい笑顔を繕う。
「そ、そうだったんですか。嬉しいです。」
「本当ですか?」
「ええ、とっても。…開けてもいいですか?」
「…はい。」
 そう断ってから、可南子は貰った包みの包装紙を丁寧に剥がし始めた。
 それを剥がすとまず茶色い箱が出てきて、箱の蓋を外すとトリュフチョコが姿を表した。
「わあ、美味しそう。」
 少し歪なものの、形は素人にしてはしっかり出来ている。
「では、一つ。」
 可南子は、その中から一つのトリュフを手に取り、口に運ぼうとする。
 だが、その様子を瞳子がじっと見ているのに気がついて手を止めた。
「…瞳子さん、そんなに見られてたら食べにくいですって。」
「えっ、ああ! す、すいません!」
 瞳子はそう言われ、慌てて可南子から目をそらす。
 その様子を見て、思わず可南子は苦笑いを浮かべた。

 まあ、瞳子が緊張してしまう気持ちも分かる。
 自分もホワイトデーの時には緊張しているかもしれないし。
 多少甘すぎたり苦かったりしても、笑顔で「美味しいです。」と言ってあげよう。
 そんなことを考えつつ、可南子はさっきのトリュフを口に運んだ。
 
「……。」
 一口二口噛む度に可南子の顔から笑顔が消えていき、最後には固まってしまった。
 チョコ本来が持っていた甘みと、そのあと喉にに来る塩辛さが奏でる不協和音…。
 一言で言って、マズイ。二言で言うと、予想以上にマズイ。
 多少甘すぎたり苦すぎたりするかな、とは思っていたが、塩辛いと来るとは思っていなかった。
 それも結構な量を入れたのか、それとも冷えてしまったからなのか、半端な塩辛さじゃない。
「…あ、あの、可南子さん? どうしました?」
「えっ? いや、なんでもありませんよ?」
 笑顔が消えて固まってしまった可南子を不審に思ったのか、訝しげに瞳子が顔を覗き込んできた。
 それでハッと意識を戻し、慌てて笑顔を取り繕う。
「…何でもありませんって、さっき固まってませんでしたか?」
「え…いえいえいえ、えと、えっと、あっ、あまりの美味しさに固まってしまったんですよ! ほんと!」
 瞳子に追求されて、どもりながら不自然なくらいのオーバーリアクションと笑顔で瞳子のチョコを褒めちぎる。
 だが、演劇部所属の瞳子から見ればその演技は不自然極まりないものだった。
 不審に思った瞳子が、トリュフに手を伸ばした。
「ちょっと、一つ失礼します。」
「あっ、ちょっと瞳子さん!」
 可南子が瞳子を止めようとしたが、時既に遅し。
 可南子が全てを言い終えた時には塩味トリュフは瞳子の口の中に納まってしまった。
「んぐぅっ!?」
 一口噛んだ瞬間、瞳子の表情が悶絶のものへと変わる。
 慌てて口を押さえたが吐き出すということは何とか我慢し、かわりに紅茶でそれを胃の奥へと流し込んだ。
「な…なんで…こんな…。」
「……言いにくいんですけど…塩と砂糖を間違えたみたいですよ…。」
 結局ばれてしまい、可南子は失敗(そんなレベルではないが)した原因を告げた。
「…そんな…。せっかく可南子さんに喜んでもらおうと思ったのに…。」
 原因を告げられて完全に凹んでしまい、瞳子はがっくりとうな垂れてしまった。
 その姿からは完全にネガティブオーラがプンプン漂ってきている。
「いや、あの、不味くは無いですよ? えと、その、甘辛で…。ほ、ほら。この通り。」
 瞳子を元気つけようと、汗が浮かびつつ笑顔でもう一つパクリ。
 しかし、やはりマズイものはマズイ。
「止めてください可南子さん…。そんな変なもの…全部食べたら身体がおかしくなりますわ…。」
 結局、そんな健気な可南子も何のフォローにもならなかった。
「変なものだなんて…そんな…。」
「…瞳子が帰ったら、生ゴミにでも出してくださいまし…。」
「…瞳子さん…。」
 もう顔を上げる気力も無いのか、顔を上げずに消え入りそうな声でそう言った。
 あまりにも痛々しいその姿に、可南子はどう言葉を掛ければいいか分からなくなってしまった。
 これ以上無理して食べても瞳子は喜んでくれないだろうし、かえって状況をますます悪化させかねない。
 しかし、結果はどうあれ瞳子が一生懸命作ってくれたチョコなのだ。可能なら残さず食べてあげたい。
 このチョコを美味しく食べられて、しかも瞳子も元気にする方法はないかと、可南子の中で色々な考えがループする。

 と、色々考えていたら、一ついい案が浮かんだ。
 これなら美味しく感じるかも知れないし、瞳子もいつもの調子に戻ってくれるかもしれない。
「瞳子さん、一つだけこれを美味しく食べる方法がありましたよ。」
「え…どうやって?」
 少し笑みを浮かべて言った可南子の言葉に、瞳子は首を傾けた。
 こんなマズイものをどうやって…そう考えていたら先に可南子が瞳子の耳に近付き、そっと小声で告げた。
 その内容を聞かされた瞳子は、一瞬にして顔が真っ赤になってしまった。
「な、何を言ってるんですか!? 本気ですか!?」
「ええ、本気ですよ。」
 さっきまで落ち込んでいたことを忘れて瞳子は大声を上げた。
 しかし、それも可南子には何の効果も無く変わらぬ笑顔で返された。
「本気って言われても、そんなことして甘くなるわけないじゃないですか!」
「美味しくなる、とは言いましたけど甘くなる、なんて言ってませんよ?」
「屁理屈言わないで下さい!」
 縦ロールをブンブン揺らしながら真っ赤な顔で抗議しても全く効果は無い。
 むしろ喜ばせているような気もする…。
「大体、こんな変なもの食べたら身体がおかしくなるって言ったじゃないですか! おなか壊すかもしれませんよ!?」
「大丈夫ですよ、それくらい。それに…。」
「それに?」
「瞳子さんが一生懸命作ってくれたんですから…全部食べたいんです。」
「ぅ…!」
 少し上目遣いで可南子にそう言われて、瞳子の言葉が詰まる。
 それと同時に、さっきまでとは別の理由で顔が熱くなってきた。
「ダメ、ですか?」
「……っ」
 さらに顔を近付けてねだる可南子。
「…わ、分かりました。仕方がありませんね、もう…。」
 そんな可南子に根負けして、顔を逸らしながら真っ赤な顔で可南子の願いを受け入れた。
 それを聞いて、可南子の顔が明るくなる。
「本当ですか?」
「本当です! …は、恥ずかしいんですから早く済ませますよ…。」
 少し怒ったような口調でそう言いながら、恥ずかしさと緊張で震える手で塩味トリュフを手に取った。
 そして、それを自分の口の中へと放り込む。
 広がる味はさっきと変わらぬ味なのだが、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。
「…いい、ですか…?」
「…はい。」
 可南子に近付き、両肩に手を置いてそれだけを交わすと、そっと可南子が目を閉じた。
 それを見届けて、瞳子も可南子に少しずつ顔を近づけていく。
「……っ!」
 お互いの顔の距離が狭くなっていくうちに、心臓の音がどんどん大きくなっていく。
 しまいには、耳に入ってくるのは自分の心拍音だけになってしまった。
 そして…
「ん……。」
 二人の距離が無くなり、瞳子の唇が可南子の唇を塞ぎこむ。
 その可南子の口の中に、瞳子の体温で溶けきった塩味トリュフの味が広がっていった。
 やはりお世辞にも美味しいとは言えない味だが、今の可南子にはとても甘く感じられる。
 それを少しでも味わおうと可南子はさらに深く瞳子の唇を貪っていく。
 次第にトリュフの味がしなくなり、瞳子は口を離そうとした。
 が、いつの間にか背中に手をしっかりと回されて離れられなくなってしまった。
「んっ、んむぅ…!」
 約束とは違う展開に、瞳子も動揺を隠せなかった。
 だがそんな瞳子を知ってかしらずか、可南子はさらにそれを激しくしていく。
 口の角度を変えてみたり、可南子の舌が瞳子の舌を絡めとって口の中を犯していく。
 さっきまで抵抗していた瞳子だったが、やがて抵抗するのも忘れて可南子に全てを任せるようになっていた。
 チュ、チュ、と淫らな水音が辺りに響き渡る。
 やがてたっぷり数分は掛かっただろうか、やっと可南子は唇を離した。
 可南子の唇と瞳子の唇が銀色の糸を引いて、それが下に滴り落ちる。
 やっと解放された瞳子は、そのまま力無く可南子の胸元へもたれる様に崩れ落ちた。
「や…約束が…違うじゃないですかぁ…。」
「ちょっと、やりすぎちゃいましたかね?」
「…可南子さんのバカ…。」
 顔を可南子の胸にうずめてポカポカと叩く瞳子。
 そんな瞳子を可南子は愛しそうにギュッと抱きしめた。
「…でも、とても美味しかったですよ。瞳子さんのトリュフ。」
「…うそ。」
「嘘じゃありませんよ。そうですね…。」
 可南子は、箱に入っている最後のトリュフを手に取った。
 その動きに気付いたのか、瞳子は可南子の顔を見上げる。
「…じゃあ、最後の一個ですけど…。瞳子さん、試してみます?」
「なっ…!」
 笑顔の可南子にそう言われて、瞳子の顔が再び熱くなる。
「どうしますか?」
「どうしますか、って…。」
 悪戯っぽくもう一度そう言われて、瞳子は真っ赤な顔を隠すように再び可南子の胸に顔をうずめた。

 そして、一分間悩んでこう答えた。

「………試して…みます…。」
あとがき:

甘い、後にも先にも無いくらいにひたすら甘い。
チクロ(砂糖の30倍位の甘味料)並みに甘い(謎)
これだけなのになんか結構時間掛かった…。でも楽しかった。
ちなみに、最後にいつもの瞳子大好き三人組(笑)も出そうかと思ったけど面倒くさかっ蛇足っぽいのでやめました。
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